Part 10 共感が得られるように書く

ヒント67 五感を使って追体験できるように書く(1)

(◆は原文、は改善案)

 共感が得られる文章を書くためには、強調語を使い過ぎたり、凝った表現を使ったり、感動を押し付けたりせずに、事実に淡々と語らせ、「追体験」してもらえるように書くことが大切です。

◇この夏のサッカー大会で、私のチームは10歳以上年齢が離れている中年おじさんチームに大差で敗れました。相手チームの恐ろしい程のスタミナとテクニック、経験からくる落ち着きと策略。まさかの完敗でした。そしてそれ以上に、彼らのサッカーをしている時の満面の笑顔に、言い表せない敗北感を覚えました。

 この文章は、特に最後の笑顔の場面が目に浮かぶので、悔しさを共有できます。

◇毎年冬になると、大根の収穫期を迎えます。息も凍る寒さの中で、父は毎日約二百本もの大根を、一本一本丁寧に水で洗います。

 父親の誠実さや勤勉さが、目に浮かぶようです。これ以上の修飾語や解説は不要です。

(『文章力の基本の基本』)

 文章は、まずは目に浮かぶように書いてみましょう。人は、頭の中にイメージ(映像)を思い浮かべることができた時に、そこに感情移入して共感を覚えるのだと思います。
 次には、それを一歩進めて、聞こえるように、味わえるように、嗅げるように、触れられるように、体全体で感じられるように書けば、より共感してもらえます。

(『文章力を伸ばす』)

ヒント68 五感を使って追体験できるように書く(2)

◇真冬に船の上で、釣りたてのカワハギを刺身にして食べた。僅かなしょう油で溶いたトロリとした肝に、淡白で歯ごたえのある身をつけて食べるのが絶妙で、「これぞ刺身だ!」と思った。新鮮なアジは、フライにすると身にほのかな甘みがあり、ふっくらと仕上がる。

 この文章には、味覚のみならず冬の寒さ、視覚や触覚も呼び覚まされます。

(『文章力を伸ばす』)

◇「今日、遊びに行くからね」と孫から電話がくれば、夫は全身を耳にして外の車の音を聞いています。エンジンが止まり、バタンとドアが閉まる音が聞こえれば、雨の日でも急いで外へ飛び出します。

 この文章は、「音」が効果的に使われています。最後の部分は、状況が目にも浮かびますから、夫が孫をとても可愛がっていることが、生き生きと伝わって来ます。

(『文章力の基本の基本』)

 このように、五感を使って追体験できる表現が共感を呼ぶのです。
 エッセイを書く時には、何の前置きもなしに、読み手をいきなり現場に放り込むのがいい方法です。

ヒント69 余計な前置きを書かない

 文章には、導入部分が必要だと思っている人がたくさんいます。しかし、さして意味のない前置きを読まされるのは退屈なものです。思い切っていきなり本題に入ることを勧めたいと思います。

卒業以来の日々は、過ぎ去ってみるとまるで夢のようで、いろいろのことが次から次へと思い出されて、実に感慨無量である。我々が学校を出た頃は、大変な就職難であった。何の当てもなく上京したものの……

 この網かけ部分はよく見かける表現ですが、それだけに月並みです。この後、偶然の機会から願ってもない仕事にありついた面白い話が続きますので、その話をいきなり始めた方が良かったと思います。
 さらに言えば、「次から次へと思い出される」場面は、書き手には見えていても、読み手には見えていません。それを「まるで夢のようだ」「感慨無量だ」と書かれても、共感することができません。

(『文章力を伸ばす』)

ヒント70 具体的なエピソードから書き始める

 文章をいきなり具体的なエピソードから書き始めるのは、とても効果的です。
 ある学生は、海運会社のエントリー・シートの「志望動機」欄に、「貴社の存在は、日本が貿易を行うにあたって必要不可欠です」と書いていました。それは誰にでも書ける抽象的な話で、少しも面白くありません。そこで、次のように書き始める案を一緒に作りました。

◇私は小さい時から父の故郷の五島列島で毎年夏を過ごして、海が好きになりました。16歳になるのを待ちかねて、ダイビングのライセンスも取りました。大学入学後のアメリカ研修中には、軍艦に何度も乗りに行って、船に憧れるようになりました。ですから、海や船に関わる仕事をぜひしたいと考えています。

(『文章力の基本の基本』)

 次のように書き始めることができるのは、その人だけです。具体性、独自性があるので、冒頭から関心を引きつけることができます。

◇私は、北海道十勝平野の中で牛百頭を育てる酪農の家に生まれました。厳しい自然環境の中で毎日懸命に働く両親を見、私も小さい頃から、手伝ってきました。

(『文章力の基本』)

 このように書くと、読み手の中にイメージ(映像)が浮かびます。「ですから私には、どんな困難にも負けない粘り強さがあります」などという解説は不要です。

ヒント71 修飾語、強調語を少なくする

 修飾語を必要最小限に抑えた方が、説得力のある文章になります。特に最大級の強調語を使うと、読み手の気持ちがついて来られなくて、共感度を下げてしまうことがあります。

◆そこで経営陣の決断力が非常に問われることになる。

◇そこで経営陣の決断力が問われることになる。

 「非常に」「本当に」のような強調語は、取り去った方がかえって強くなります。引き締まった、断固たるメッセージになるからです。

 何かにつけて、「強く感じます」「強く思います」と書くのも逆効果です。
 「感動」「感激」などという言葉も、なるべく使わないようにします。
 五感を使って追体験できるように書いて、それをどう感じるかは読み手に任せれば、自発的な共感が生まれやすくなります。

ヒント72 凝った表現を使わない

 素直な飾らない表現こそが共感を呼びます。書き手のセンスや人柄は、そのような文章から自然ににじみ出て来ます。「気の利いた表現を使おう」「味のある文章を書こう」などとは考えないことです。

◆ふと気付くと、夢中になって子供たちを応援している自分がいた

◇ふと気付くと、私も夢中になって子供たちを応援していた。

 「自分がいた」という表現が流行していますが、ちょっと格好を付けてこういう表現を多用することは勧められません。

◆私は就職活動において、仕事が誰かの笑顔につながるものであることを軸にしています。

◇私は、誰かの笑顔につながる仕事を、ぜひしたいと思っています。

 「軸にして」というような持って回った表現は避けて、よりストレートに書きましょう。

(『文章力を伸ばす』)

ヒント73 自分のことは控えめに書く

 自己PRの文章を書いてもらうと、臆面もなく手放しで自慢話を始める人がいます。しかし、普段の人間関係と同じで、やや控えめで謙虚な人の方が好感を与えます。

◆私は高い想像力を持っています。自分が経験したことのないことでも自分に置き換えて想像することができるので、人の気持ちになって考え、その気持ちを理解することができます。

◇私は相手の身になって感じたり考えたりする想像力を磨こうと、いつも心がけています。

 この例は、改善案の方が謙虚であるばかりでなく、真実に近いでしょう。だから共感しやすいのです。「できます」「得意です」を繰り返す自己PRは、あまり効果的ではありません

ヒント74 余計な結びも書かない

 余計な前置きが不要なように、余計な結びも不要です。内容のあるメッセージを書き終えたところでスパッと文章を終えると、好ましい余韻が残ります。

◆私はやる前から諦めることなく、自分に限界を作らずに挑戦することの大切さ、そこから得られるものの大きさを学び、どんなことにも前向きに積極的に取り組もうと決めました。

 このような締めくくりの言葉は、あまり共感を呼びません。思いを素直に表現したというよりは、「美しい締めくくりを書く」という型を踏襲しただけのような印象があるからです。

◆一人でも多くの人が自然と共生する意識を持ち、他人を思いやる心を大切にし、自然や多くの人とつながって生きているのだということを意識するようになれば、より良い未来になると思います。

 もっともではありますが、どこか借りてきたような言葉で、書き手の個性が感じられません。このような美しい抽象的な優等生的な結びは、文章全体の共感度をかえって下げてしまいます。

(『文章力の基本』)

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「第5部 若き日」

 最初の記憶は、栃木県の山奥の不自由な生活だった。終戦直後で、食べ物を求めて疎開したからである。

 うずくまって過ぎ去るのを待つ (高校2年)
 十二月に入り、高校二年の後期の中間試験が二日後に迫った。
 外は夕方から、パラパラと小雨が降り続いている。風に巻かれて雨の音が強くなったり、弱くなったりしながら、庇のトタン屋根に散っている。その不規則な雨の音にけじめをつけるかのように、ある間隔をおいて落ちる雨だれの大きな音が、規則正しく鳴っている。壁に掛けたプラスチックの緑色の時計の針は、夜中の十二時を僅かに過ぎたところだ。

 高校に入ってから今までの六回の定期試験の時は、目をつぶり歯を食いしばって、勉強せずにただ試験が過ぎ去るのを待った。今回もじっとうずくまって、早く四日間が過ぎ去ってくれることを願っている。相変わらず、油が水をはじくみたいに勉強が手につかない。このようにして、高校3年間は勉強を拒否し続けた。

 ただし、課外活動には熱中した。高校2年の時の三宅島探検が原体験になった。
 浪人の1年間は入院生活を送ったが、特殊な受験勉強法で、生涯初めての棒高跳びに成功するようにして大学に入った。
 大学時代は、文章、美術、音楽、旅など感性の世界でさ迷ったが、やがて写真学校に毎晩通うようになった。卒論には全力投球した。
 進路には大いに迷ったが、結論としては選択を誤ったと思う。ただし、4回計10年の海外生活は意味があった。米国企業への転身も悪くなかった。

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