Part 7 的確に書く

ヒント46 やさしい言葉を正しく使う

 とかく「難しい表現」に目を奪われがちですが、誰でも知っている基本的な言葉を的確に使う力を磨くことの方が大切です。それも決して簡単なことではありません。

(◆は原文、は改善案)

◆コンビニは営業時間を縮小する方向に向かうのではないか。

◇コンビニは営業時間を短縮する方向に向かうのではないか。

 時間には、「延長・短縮」を使います。
 規模には「拡大・縮小」を、数には「増加・減少」を用います。

(『文章力の基本』)

◆書道を始めたきっかけは、左利きを矯正しようと思ったからです。

◇書道を始めたきっかけは、左利きを矯正しようと思ったことでした。

◇書道を始めたのは、左利きを矯正しようと思ったからです。

 「きっかけ」は契機(出来事)であって、理由ではありません。ですから「から」ではなく、「こと」で受けます。
 理由を説明したければ、「きっかけ」を取り除いて、「から」で受けます。

ヒント47 矛盾したことは書かない

きっと10年後の私は29歳なので、結婚しているかもしれない

◇10年後の私は29歳なので、結婚しているかもしれない

◇10年後の私は29歳なので、きっと結婚している。

 「きっと」は「ほぼ確実に」という意味ですから、「かもしれない」と同時には使えません。
 ついでに、「修飾語は、被修飾語の直前に」という原則(ヒント33)にしたがって、「きっと結婚」にしましょう。
 原文は、「きっと10年後は29歳になる」という話のようです。10年後に29歳になるのは100%確実ですから、そういう時に「きっと」は使いません。

(『文章力を伸ばす』)

◆A社は、主に仏像の修理を専門に行っています。

◇A社は、主に仏像の修理を行っています。

◇A社は、仏像の修理を専門に行っています。

 ここでは、「主に」と「専門に」は同時には使えないと思います。

ヒント48 能動と受動(受身)

◆本日は全国各地で30度を超える気温観測ました。

◇本日は全国各地で30度を超える気温観測ました。

◇本日は全国各地で30度を超える気温観測されました。

 「気温を観測する」(「を」+ 能動態)
 「気温が観測される」(「が」+ 受動態)
 のいずれかです。

(『文章力を伸ばす』)

◆ここでは、新鮮な野菜売っている。

◇ここでは、新鮮な野菜売っている。

◇ここでは、新鮮な野菜売られている。

(『シンプルに書く!』)

ヒント49 「する」と「させる」

 「仕事と家庭を両立させたい」と書くべきところを、「仕事と家庭を両立したい」と書いてしまう人が増えました。

◆新しいプロジェクト・チーム発足したい

◇新しいプロジェクト・チーム発足させたい

 「する」と「させる」は、次のような関係にあります。

「が」「…する」 「を」「…させる」
顔と名前一致する 顔と名前一致させる
原因はっきりする 原因はっきりさせる
北海道に出張する 北海道に出張させる

ヒント50 「なる」と「する」

◆苦手であった英語、今では得意科目の1つにすることができました。

◇苦手であった英語、今では得意科目の1つになりました。

◇苦手であった英語、今では得意科目の1つにすることができました。

 「なる」と「する」は、次のような関係にあります。

「が」「…なる」 「を」「…する」
豊かになる 豊かにする
部屋明るくなる 部屋明るくする
医者になる 医者にする

 自動詞の「なる」と、他動詞の「する」が対(つい)になっているのです。

(『文章力を伸ばす』『文章力の基本』)

ヒント51 何でも「ことで」でつながない

 「景色が美しいことで有名だ」のような、形容詞の後の「ことで」は昔からありましたが、昨今動詞の後に「ことで」と書く風潮が広がっています。そこには「もっともらしく書きたい」という意識が見えるので、あまり勧められません。

◆常にアンテナを張ることで、情報収集をしたい。

◇常にアンテナを張って、情報収集をしたい。

(『文章力の基本』)

◆伊豆石は、濡れることで本来の色が現れます。

◇伊豆石は、濡れると本来の色が現れます。

(『文章力の基本100題』)

◆話を最後まで真剣に聞くことで、心を開いてくれる。

◇話を最後まで真剣に聞けば、心を開いてくれる。

 「ことで」がすべていけない訳ではありませんが、それに換わるその場にふさわしい言葉を探すと、次のようなメリットがあります。
 ① 因果関係が明確になる。
 ② 簡潔になる。
 ③ 自然で素直な表現になる。
 ④ 表現に変化が生まれる。

(『文章力を伸ばす』)

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「第3部 イタリアで我が人生を見つけたり!」

 北イタリアの米作地帯の中にある人口5万人余りの歴史ある町で、2年1ヵ月働いた。なだらかな丘陵地帯では、ブドウ、麦、トウモロコシ、ヒマワリなどが栽培されていた。

 会社からはアルプスのモンテローザが見えるし、マッターホルンやモンブランまでも遠くない。東北のドロミテも愛すべき山々だった。

 夏やクリスマスの休暇には、ヴェネツィア、トスカーナ、シチリア、スイスアルプス、スコットランド、南仏などへも旅した。

 仕事はとてもハードだったが、職住接近の地の利を生かして働き、イタリアの人々との信頼関係を楽しんだ。

 思いやりとユーモア
 イタリアから帰任して三年あまりたった時、ヴェルチェッリを訪ねた。東京にある米国系の会社に転職して二年、幸い全く別業種の仕事にも慣れた。その時もアメリカ東海岸で取締役会などいくつかの会議を終えて、ほっとして休暇で乗り込んだ。その時、かつて一緒に仕事をしたイタリア人を十人あまり夕食に招いた。皆に会うのは、二年ぶりだった。

 こういう時の常で、イタリアの仲間たちは、放っておいても大いに盛り上がってくれる。皆で長いひとつのテーブルを囲んでいたが、私の前でも、営業の三人娘のラウラ、チンツィア、コスタンツァがおしゃべりに花を咲かせていた。

 私は三人に、
 「そう早口でイタリア語でまくし立てられたのでは、私には話の内容はよく理解できないけれども、久しぶりに三人で盛り上がっているのを見るだけで楽しいよ」
と英語で言った。するとコスタンツァが間髪を入れず、
 「話の内容が分かってないのは、あなただけではないのよ。私たちは皆、相手の言っていることなんて、全然分かっていない。ただ、自分たちの喋りたいことを、喋りまくっているだけ!」
 と言ったのである。優しさがにじんだユーモアだった。

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