Part 13 話し言葉の影響を避ける

リード文

 話し言葉では次々に新しい表現が試みられますが、多くは時間と共に消えて行き、定着した僅かの表現がやがて書き言葉にも進出します。ですから、生まれたばかりの話し言葉を、文章の中で使うのは適当ではありません。

ヒント84 無意味な飾り

 最近の話し言葉には、特に意味のない言葉を付け加える傾向があります。無意識のうちに言葉を飾りたいという心理が働いているのではないでしょうか。

(◆は原文、は改善案)

◆少しでも負担の方を軽減できればと考えています。

◇少しでも負担を軽減できればと考えています。

 「の方」には意味がありません。

◆グラフのこの線が、マーケットシェアという形になっています。

◇グラフのこの線が、マーケットシェアです。

 「という形」も無用です。

私の中で、「マナー」とは相手への思いやりから生ずる行動なのだと思う

私は、「マナー」とは相手への思いやりから生ずる行動だと思う

 「思っている」「考えている」などと書く時に、「私の中で」と書き始める傾向が広まっていますが、余計です。

(『文章力を伸ばす』)

ヒント85 「に対して」

◆すべての人の意見に対して、取り入れることはできない。

◇すべての人の意見、取り入れることはできない。

(『文章力の基本の基本』)

◆私は一度やると決めたことに対して、最後まで諦めません。

◇私は一度やると決めたこと、最後まで諦めません。


◆彼はこの会議に対しての意味を考えずに、欠席してしまった。

◇彼はこの会議意味を考えずに、欠席してしまった。

 最近「に対して」が頻繁に使われる傾向がありますが、ここにも「もっともらしい言葉を使う」心理が見えます。日本語としても不適切です。

(『文章力を伸ばす』)

ヒント86 「自体」「自身」

◆釣り自体には各種さまざまな釣りがあります。

◇釣りにはさまざまな種類があります。


◆私自身お酒が飲めないので、夜の付き合いが苦手です。

◇私お酒が飲めないので、夜の付き合いが苦手です。

 このような「自体」「自身」は、言いたいことを強調しようとする心理から書かれるのかもしれませんが、無用な飾りだと私は思います。

ヒント87 「になります」

◆この製品は、耐熱性に優れているのが強みになります

◇この製品は、耐熱性に優れているのが強みです

 「です」を「なります」と書くと丁寧になるというのは、錯覚です。

◆こちらが蛍が見られる川になります。(一流ホテルの庭の中の立て札)

◇こちらの川では蛍がご覧になれます。


◆この部屋は、広さ的には45平米(へーベイ)になります

◇この部屋の広さは、45平米(へーベイ)です

(『文章力の基本』)

◆出国時に出国税50USドルでのお支払いとなります

◇出国時に出国税50USドルお支払いください

(『文章力の基本の基本』)

 「なる」にはいくつかの意味がありますが、「銀杏の葉が、すっかり黄色くなりました」のように、「別の物・状態に変わる」という意味が代表的なものです。ですからレストランで、「こちらがメニューになります」などと言われると、背中の辺りがムズムスしてしまいます。

ヒント88 「いく」「くる」

 「木が1本1本枯れていく」「寒さがだんだん厳しくなってきた」のように継続や変化を強調する表現には意味がありますが、動詞の後に無闇に「いく」「くる」を付けるのは好ましくありません。

◆実験の際には、先を見越して準備をしていくこと、使った器具をその都度片付けていくことも必要です。回数を重ねるごとにより要領よく進めていく方法や、臨機応変に問題を処理していくことを学びました。

◇実験の際には、先を見越して準備をすること、使った器具をその都度片付けることも必要です。回数を重ねるごとにより要領よく進める方法や、臨機応変に問題を処理することを学びました。

 4つの「いく」を取り去ると、スッキリします。

◆専門知識に加え、人柄なども重視されてくる仕事だと思います。

◇専門知識に加え、人柄なども重視される仕事だと思います。

(『文章力を伸ばす』)

 この「くる」も不要です。

ヒント89 短縮表現

 最近の話し言葉には、「やっぱ」「まじ」「めっちゃ」のように、短く端折って言う風潮があります。話し言葉としてもお勧めできませんが、まして書き言葉ではそれは避けてください。

結果、交渉はうまく行きました。

その結果(または 結果として)、交渉はうまく行きました。


正直、筆記試験の出来は芳しくありませんでした。

正直なところ、筆記試験の出来は芳しくありませんでした。

 この2つの表現は、多くの人が使い始めましたが、まだ未成熟な感じがあります。

基本、朝ごはんは食べません。

◇朝ごはんは、ほとんど食べません。

 「基本」は、「物事がそれに基づいて成り立っているような根本」(『広辞苑』)という意味です。「しばしば」「ほとんど」という意味ではありません。

ヒント90 文頭の「なので」

◆私はまだヨーロッパに行ったことがありません。なので、来年こそはぜひ行きたいと思います。

◇私はまだヨーロッパに行ったことがないので、来年こそはぜひ行きたいと思います。

 「なので」は本来、「彼は雪国育ちなので、スキーがうまい」のように前後をつなげる時に使います。文をいきなり「なので」で始めるのは、最近の話し言葉です。

◆アメリカで自分の英語があまりに通じないのでショックを受けた。なので、本気で英語を勉強し始めた。

◇アメリカで自分の英語があまりに通じないのでショックを受けた。だから、本気で英語を勉強し始めた。

 「なので」で前後をつなげず文を分ける場合には、「だから、ですから、そのため」などを使いましょう。

(『文章力を伸ばす』『文章力の基本』)

ヒント91 「かな」「かな」「かな」

◆司法通訳は、誤訳すると冤罪にもつながることを認識することが重要かなと思います。

◇司法通訳は、誤訳すると冤罪にもつながることを認識することが重要だと思います。

 断定を避けた方が奥ゆかしいと思ったのかもしれませんが、こんな深刻な問題に「かな」はないでしょう。最近、まるで日暮ゼミのように、やたらに「かな」「かな」「かな」と挿入する人が増えたことが気になります。

◆今回の火災の原因をしっかり調べる必要があるかな思われます。

◇今回の火災の原因を、しっかり調べる必要があると思います


◆阪神・淡路大震災の記憶が風化して、忘れられていくのが辛いかなと思います。

◇阪神・淡路大震災の記憶が風化して、忘れられていくのが辛いです。


◆大事な試合に負けてしまったので、ちょっと残念かなと思います。

◇大事な試合に負けてしまったので、残念です。


◆彼の入団は、チームにとってとても大きなプラスかなと思います。

◇彼の入団は、チームにとってとても大きなプラスだと思います。

 自分が書いた文章に誰かが異論を挟んだ場合に備えて、「私も自分で言いながら、あるいは違うかなと疑っていたのです」と逃げ口を準備し、予防線を張って非難をかわそうとするのは、潔さに欠けます。自分の発言から生ずるリスクを回避しようとすればするほど、好感度も説得力も落ちていきます。

◆地元に戻ってやりがいのある仕事に就けて、これ以上嬉しいことはないかなと思います。

◇地元に戻ってやりがいのある仕事に就けて、これ以上嬉しいことはありません。


◆新型コロナウイルスの問題で外出を禁じられ、買い物にも行けないので、何かと不便かなと思います。

◇新型コロナウイルスの問題で外出を禁じられ、買い物にも行けないので、何かと不便な思いをしています。

ヒント92 その他の逃げ腰表現

 あるテレビ番組で、若い女性アナウンサー3人が日本橋の室町小路をたどるのを見ていましたら、1人のアナがある建物に目を止めて、次の◆のように言いました。

◆「これ、料亭とかみたいな感じ?」

◇「これ、料亭かしら?」

 間違って恥をかきたくないと思ったのでしょうが、その何重にも防衛ラインを張った話し方の方がかえって恥ずかしいと思いました。

(『文章力の基本』)

◆私的には、この問題は避けて通れないと思います。

◇私、この問題は避けて通れないと思います。

 「私は」と書かずに、「私的には」とワンクッション入れるのは、何故でしょうか。

◆津波警報が出たら、すぐに避難しなければならないとか思います。

◇津波警報が出たら、すぐに避難しなければならない思います。


◆先行するつもりでペースを上げたのでしょうが、思いのほか他の選手がついて来てしまっている部分があります

◇先行するつもりでペースを上げたのでしょうが、思いのほか他の選手がついて来てしまっています

(『文章力を伸ばす』)

 「そうではない部分もあります」と言えるようにしておきたかったのでしょうか。

◆このお電話の内容は、正確に対応する上で録音させていただくことがあります。

◇このお電話の内容は、正確に対応させていただくために録音させていただくことがあります。

 この「上で」は意味不明ですが、多分、遠まわしに表現したかったのでしょう。

(『文章力の基本の基本』)

ヒント93 ずらした表現

 どこの国の若者にも、定着した表現から少しずらした表現を生み出して、それを仲間内で使うことを好む傾向がありますが、それを改まった文章で使うのは適切ではありません。

 「そそる」

◆温泉大国のアイスランドという国にそそられます。

◇温泉大国のアイスランドという国に惹かれます。

 「そそる」は本来、「食欲をそそる」「涙をそそる」「興味をそそる」のように、特定の目的語と共に使われます。単独では使われません。

「はまる」

◆最近野菜作りにはまっています。

◇最近野菜作りに熱中して(夢中になって)います。

 「はまる」は、「罠にはまる」「策略にはまる」などのように、本来不都合なこと、困ったことに限って使われる言葉です。
 「癖になる」も似たような言葉です。最近は「とても美味しいので癖になりそうです」などと言いますが、『広辞苑』は、「好ましくないことが、習慣や前例になる」と説明しています。「遊び癖」「怠け癖」「酒癖」「手癖」……どれも好ましからぬイメージがあります。

「気になる」

◆今回の展示会で私が気になった製品は次のものです。

◇今回の展示会で私が注目した製品は次のものです。

「気になる」は、心配なこと、不安なことを意味します。「今日、お客様から言われた一言が気になる」のように使います。ただし最近は、より広い意味で使われるようになったことを、そろそろ認めるべきかもしれません。

(『文章力を伸ばす』)

ヒント94 おわりに

 「文章力UP一口メモ」 をお読みいただき、ありがとうございました。
 私は、さまざまなスポーツで専門のコーチが基本的な技術の訓練を施しているように、文章にも基本的な技術の土台があると信じています。それは決して神秘のヴェールに包まれた名人芸ではありません。今回のメモで取り上げた原則も、平易なものが多かったと思います。

 その「基本的な技術の土台」の例として、『命ささらぐ』の第6部にある話の要約版を最後に掲載させていただきます。

 分かりやすい文章を書くのは意外に簡単 (要約)
 木下是雄『理科系の作文技術』(中公新書)は、超ロングセラーかつ超ベストセラーで私も参考にさせていただいたが、

 長い航海を終って船体のペンキもところどころはげ落ちたは、港外で、白波を蹴立てて近づく検疫のランチの到着を待っている。

 という文を例に使って、次のように解説している。

 私たちは、長年の修練の結果、「……はげ落ちた船は、港外で、」の次に突如として「白波を蹴立てて・……」が現れても少しもあわてない ; これをちょっと頭の入口に貯えておいて、「ランチの到着」まで読んで「ああ、そうか。」と納得するのである。
 私たちが一つの文を理解するパターンは、文中の句や節が互いに人見知りしてモジモジしながら頭の入口につめかけている ; 全文を読み終えるとそれらがサッと隊を組んで頭の奥に駆けぬけて行く――といったものらしい。
 何よりも必要なのは、話の筋道(論理)に対する研ぎすまされた感覚である ; 不意に余計な支流が流れこんだり、流れが淀んで行先がわからなくなったり、迂回して流されたり、伏流になったりするのに瞬間的に反応する鋭敏さである。

 私はそれほど難しく考えなくても、この文は次のように書き換えれば分かりやすくなると思う。

 船は長い航海を終え、船体のペンキもところどころはげ落ちた姿で、港外で待ち受けている。そこに、検疫のランチが白波を蹴立てて近づいて行く。

 この改善案は、この「一口メモ」の次の4つのヒントの応用例である。

Part 6  ヒント42 「主語の数だけ文を分ける」(「船」と「ランチ」を主語にした2文に分けた)
Part 5  ヒント31 主役を早く登場させる」(その主語を各々の文の冒頭に登場させた。そうすれば、〝頭の入口の待合室〟は不要になる)
Part 6  ヒント43 「挿入句は別の文にする」(「白波を蹴立てて近づく」という修飾句を切り離して、別の文にした)
Part 6  ヒント40 「短く言い切る」

 

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「第7部 人生、これにてお開き」

 ビジネスによって人は成長する
 ビジネスの本質は、「信頼と共感」の獲得にある。消費者、社員、取引先、地域社会、株主などの信頼と共感を得られた企業が生き残り、繁栄する。

 ビジネスは、その成果を生む過程では、人間理解力、知識、技術、分析力、判断力、創造力、感性、センス、表現力、体力、気力、行動力、人柄、人格、対人関係能力、リーダーシップ、説得力など、あらゆるものを総動員して、日々問題の発見と解決に当たる。
 そこには必ずひとりひとりの個性も出る。いろいろな人間模様が描き出される。まさに「全人的」なゲームなのだ。だからこそ面白いし、ビジネスによって人は成長する。

 組織内での三つの振る舞い方
 企業社会の中で中間管理職にまで昇進すると、それから先の限られたポストを廻って、必然的に選抜が行われることになる。そこでどのように振る舞うのかは個々人の人生観によるが、その振る舞い方には三つのタイプがあると思う。
 強烈な上昇志向の「パワー人間」、その対極にある「価値人間」、丸く収めることを最優先する「協調人間」である。
 少数のパワー人間が多数の協調人間に取り巻かれている間に、あるいは理念を欠いた協調人間がリーダーに祭り上げられている間に、衰退して行く会社が多い。

 人が人を評価する時、何が起きるか
 大企業にいた時に、「なぜあの人が取り立てられるのか? その一方で、なぜあの人が冷遇されるのか?」と不思議に思うことが度々あった。
 能力評価にも実績評価にも、多くの誤差が伴う。だから選ばれて昇進した人も奢ってはならないし、選に漏れた人も落胆することはない。「たまたま割り当てられた役割分担」くらいに割り切って、ビジネスパーソンとしてのキャリアを終える時は、それまでの地位はすべてご破算にすべきだ。
 第7部の後半は、自然と命、日常生活と人生、老化、人生の終わりに、などの話が続く。

 犬の寝言
 我が家のオスの柴犬「ダンク」は、小さい頃は戸外で飼っていたが、私が海外に単身赴任している間に、妻と息子達が家の中に入れていた。ある時一時帰国したら、いきなりカチャカチャと爪音を立てて、犬が玄関まで迎えに出て来たので驚いた。
 おかげで一つ分かったことがある。彼は熟睡しながら、しばしばくぐもった声で吠えるのだ。人間の寝言と同じで、発音は不明瞭、声量も小さいが、ここは頑張らねばと健気(けなげ)に吠えている。吠え始めるとしばらくやまないから、結構長い夢を見ているようだ。
 人間が見る夢のようにリアルで、ストーリーもあるのだろうか。きっと人間(特に我が家の家族)も登場しているのだろう。時には、憧れの彼女(犬)なども登場するのだろうか。
 犬を飼ってみるとその情緒はとても豊かだから、夢を見るというのは納得できる。

(おわり)

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