リード文
話し言葉では次々に新しい表現が試みられますが、多くは時間と共に消えて行き、定着した僅かの表現がやがて書き言葉にも進出します。ですから、生まれたばかりの話し言葉を、文章の中で使うのは適当ではありません。
ヒント84 無意味な飾り
最近の話し言葉には、特に意味のない言葉を付け加える傾向があります。無意識のうちに言葉を飾りたいという心理が働いているのではないでしょうか。
(◆は原文、◇は改善案)
「の方」には意味がありません。
「という形」も無用です。
「思っている」「考えている」などと書く時に、「私の中で」と書き始める傾向が広まっていますが、余計です。
(『文章力を伸ばす』)
ヒント85 「に対して」
(『文章力の基本の基本』)
最近「に対して」が頻繁に使われる傾向がありますが、ここにも「もっともらしい言葉を使う」心理が見えます。日本語としても不適切です。
(『文章力を伸ばす』)
ヒント86 「自体」「自身」
このような「自体」「自身」は、言いたいことを強調しようとする心理から書かれるのかもしれませんが、無用な飾りだと私は思います。
ヒント87 「になります」
「です」を「なります」と書くと丁寧になるというのは、錯覚です。
(『文章力の基本』)
(『文章力の基本の基本』)
「なる」にはいくつかの意味がありますが、「銀杏の葉が、すっかり黄色くなりました」のように、「別の物・状態に変わる」という意味が代表的なものです。ですからレストランで、「こちらがメニューになります」などと言われると、背中の辺りがムズムスしてしまいます。
ヒント88 「いく」「くる」
「木が1本1本枯れていく」「寒さがだんだん厳しくなってきた」のように継続や変化を強調する表現には意味がありますが、動詞の後に無闇に「いく」「くる」を付けるのは好ましくありません。
4つの「いく」を取り去ると、スッキリします。
(『文章力を伸ばす』)
この「くる」も不要です。
ヒント89 短縮表現
最近の話し言葉には、「やっぱ」「まじ」「めっちゃ」のように、短く端折って言う風潮があります。話し言葉としてもお勧めできませんが、まして書き言葉ではそれは避けてください。
この2つの表現は、多くの人が使い始めましたが、まだ未成熟な感じがあります。
「基本」は、「物事がそれに基づいて成り立っているような根本」(『広辞苑』)という意味です。「しばしば」「ほとんど」という意味ではありません。
ヒント90 文頭の「なので」
「なので」は本来、「彼は雪国育ちなので、スキーがうまい」のように前後をつなげる時に使います。文をいきなり「なので」で始めるのは、最近の話し言葉です。
「なので」で前後をつなげず文を分ける場合には、「だから、ですから、そのため」などを使いましょう。
(『文章力を伸ばす』『文章力の基本』)
ヒント91 「かな」「かな」「かな」
断定を避けた方が奥ゆかしいと思ったのかもしれませんが、こんな深刻な問題に「かな」はないでしょう。最近、まるで日暮ゼミのように、やたらに「かな」「かな」「かな」と挿入する人が増えたことが気になります。
自分が書いた文章に誰かが異論を挟んだ場合に備えて、「私も自分で言いながら、あるいは違うかなと疑っていたのです」と逃げ口を準備し、予防線を張って非難をかわそうとするのは、潔さに欠けます。自分の発言から生ずるリスクを回避しようとすればするほど、好感度も説得力も落ちていきます。
ヒント92 その他の逃げ腰表現
あるテレビ番組で、若い女性アナウンサー3人が日本橋の室町小路をたどるのを見ていましたら、1人のアナがある建物に目を止めて、次の◆のように言いました。
間違って恥をかきたくないと思ったのでしょうが、その何重にも防衛ラインを張った話し方の方がかえって恥ずかしいと思いました。
(『文章力の基本』)
「私は」と書かずに、「私的には」とワンクッション入れるのは、何故でしょうか。
(『文章力を伸ばす』)
「そうではない部分もあります」と言えるようにしておきたかったのでしょうか。
この「上で」は意味不明ですが、多分、遠まわしに表現したかったのでしょう。
(『文章力の基本の基本』)
ヒント93 ずらした表現
どこの国の若者にも、定着した表現から少しずらした表現を生み出して、それを仲間内で使うことを好む傾向がありますが、それを改まった文章で使うのは適切ではありません。
「そそる」
「そそる」は本来、「食欲をそそる」「涙をそそる」「興味をそそる」のように、特定の目的語と共に使われます。単独では使われません。
「はまる」
「はまる」は、「罠にはまる」「策略にはまる」などのように、本来不都合なこと、困ったことに限って使われる言葉です。
「癖になる」も似たような言葉です。最近は「とても美味しいので癖になりそうです」などと言いますが、『広辞苑』は、「好ましくないことが、習慣や前例になる」と説明しています。「遊び癖」「怠け癖」「酒癖」「手癖」……どれも好ましからぬイメージがあります。
「気になる」
「気になる」は、心配なこと、不安なことを意味します。「今日、お客様から言われた一言が気になる」のように使います。ただし最近は、より広い意味で使われるようになったことを、そろそろ認めるべきかもしれません。
(『文章力を伸ばす』)
ヒント94 おわりに
「文章力UP一口メモ」 をお読みいただき、ありがとうございました。
私は、さまざまなスポーツで専門のコーチが基本的な技術の訓練を施しているように、文章にも基本的な技術の土台があると信じています。それは決して神秘のヴェールに包まれた名人芸ではありません。今回のメモで取り上げた原則も、平易なものが多かったと思います。
その「基本的な技術の土台」の例として、『命ささらぐ』の第6部にある話の要約版を最後に掲載させていただきます。
分かりやすい文章を書くのは意外に簡単 (要約)
木下是雄『理科系の作文技術』(中公新書)は、超ロングセラーかつ超ベストセラーで私も参考にさせていただいたが、
長い航海を終って船体のペンキもところどころはげ落ちた船は、港外で、白波を蹴立てて近づく検疫のランチの到着を待っている。
という文を例に使って、次のように解説している。
私たちは、長年の修練の結果、「……はげ落ちた船は、港外で、」の次に突如として「白波を蹴立てて・……」が現れても少しもあわてない ; これをちょっと頭の入口に貯えておいて、「ランチの到着」まで読んで「ああ、そうか。」と納得するのである。
私たちが一つの文を理解するパターンは、文中の句や節が互いに人見知りしてモジモジしながら頭の入口につめかけている ; 全文を読み終えるとそれらがサッと隊を組んで頭の奥に駆けぬけて行く――といったものらしい。
何よりも必要なのは、話の筋道(論理)に対する研ぎすまされた感覚である ; 不意に余計な支流が流れこんだり、流れが淀んで行先がわからなくなったり、迂回して流されたり、伏流になったりするのに瞬間的に反応する鋭敏さである。
私はそれほど難しく考えなくても、この文は次のように書き換えれば分かりやすくなると思う。
船は長い航海を終え、船体のペンキもところどころはげ落ちた姿で、港外で待ち受けている。そこに、検疫のランチが白波を蹴立てて近づいて行く。
この改善案は、この「一口メモ」の次の4つのヒントの応用例である。
Part 6 ヒント42 | 「主語の数だけ文を分ける」(「船」と「ランチ」を主語にした2文に分けた) |
Part 5 ヒント31 | 主役を早く登場させる」(その主語を各々の文の冒頭に登場させた。そうすれば、〝頭の入口の待合室〟は不要になる) |
Part 6 ヒント43 | 「挿入句は別の文にする」(「白波を蹴立てて近づく」という修飾句を切り離して、別の文にした) |
Part 6 ヒント40 | 「短く言い切る」 |
(おわり)